Feb 15, 2008
バンレンタイセールは、51周年
昨日はバレンタインデーだったわけですが、その日本での誕生を示すこんな一文があったので、コピペ引用しておきます。
2007年2月14日でバレンタインデー50周年
1958 年(昭和33年)、当時大学4年生だった株式会社メリーチョコレートカムパニー現社長の原は、商社マンとしてパリに在住していた先輩から1枚の寒中見舞いをもらいました。その中に「ヨーロッパには、バレンタインデーという習慣があって、恋人たちがチョコレートや花、カードを贈りあっている。」という一文がありました。「チョコレート」という言葉にヒントを得て、創業者である父・堅太郎に「日本には、お中元やお歳暮など儀礼的なギフトが根強いが、これからはバレンタインデーのような若い人たちのコミュニケーションギフトが盛んになるはずだ」と提案したところ、「やってみろ!」とひと言。あっさり許可をもらうことができたのです。当時、父が経営するメリーのアルバイトをしていた原は、早速その年の2月12日から14日まで伊勢丹新宿本店の売り場で、バレンタインデーのためのチョコレートを並べました。これが、日本で行われた初めてのバレンタインデーイベントとなりました。手書きで紙に「バレンタイン大会」と書いたポスターも貼ってはみたのですが、その3日間の売上げは、50円の板チョコレート3枚と20円のカード1枚で合計たったの170円。記念すべき国内初のバレンタインイベントは惨憺たる結果に終わりました。普通ならば、これでバレンタインデーを諦めることでしょう。ところが、先見性に優れていた創業者は原の情熱を理解し、2年目の挑戦を許してくれたのです。今度ばかりはと意気込んだ原はチョコレートをハート型で制作したり、鉄筆で「TO」「FROM」と名前を刻むサービスに加え、「一年に一度、女性から愛を告白してもよい日」というキャッチコピーを考案して臨みました。これは、1943年のアメリカ映画「誰がために鐘は鳴る」でイングリッド・バーグマンとゲーリー・クーパーが演じた映画史上に残るキスシーンから発想したものです。意志が強く恋愛に積極的な美しいバーグマンの姿は、新しい時代の女性像として印象的でした。このような試みを続けていくうちに、女性誌の創刊や女性運動が盛んな時代背景も影響し、バレンタイデーが徐々に受け入れられるようになっていきました。数年後には、「女性自身」がバレンタインデーの特集を組んだことも奏効し、大規模なイベントへと成長を遂げたのです。
メリーチョコレートカムパニー
マーケティング担当者としては、夢のような企画なんだろうなぁ。
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